このページでは、会報 No.49 の記事からピックアップしました。
『米田先生を訪ねて三沢へ』
1971年4月。理科の先生として小学校の教員に着任された米田先生は、あまりにも素敵でカッコよく、温かくて優しくて爽やかで、生徒たちに大人気の先生でした。翌年、私たち小16回生のA組担任となり、A組であろうがB組であろうが、米田先生と修学旅行を共に過ごせたことは自慢の思い出です。先生が顧問をされていた理科クラブでは、ロウソクからクレヨンを作ったり、身近な面白い実験を重ねた活動で男子のほとんどが理科クラブに入ってしまうほど、とても楽しい時間でした。後に教頭先生として我々の代の娘たちもお世話になり、母親としてはあまり、親しくなってはマズイと少し距離を置いた瞬間もありましたが、一方、生徒の一員として、先生の還暦のお祝いをはじめ、ご自宅へ遊びに行ったり、居酒屋へ行ったりの交流を毎年行っておりました。
コロナ渦で、先生ともお会いできず、そろそろ我々から退職後の先生を訪れて三沢に行こう!と有志数名が7月22日に、青森県三沢市にそれぞれ集まりました。もちろん、事前に先生には訪れることをお伝えしていましたが、バラバラの到着時間に「何時に着くの?」と確認されて駅や空港等に、一人ひとりを迎えに来ていただき、「昼は食べたか?」「海は見たいか?」と尋ねられながら、Misawa Air Baseの異国情緒あふれる市内を満喫しました。
先生のご自宅は、学園時代に撮影または録音された膨大なテープや写真をCDに焼き直して整理され、我々も見たことがない先生が撮影された映像を流してくれました。30年位ある学園生活で、大勢の生徒さんから小16回生をチョイスされるだけでも大変なのに、我々が訪れることに間に合わせて、作っていただいていたことは相当の時間をこの日のために割いていただいていることがわかりました。また先生の山登り仲間の友人や妹さんご夫妻等が山菜料理をはじめ、溢れんばかりの手料理がテーブル並べられ、美味しい料理とお酒に話は尽きず、日本酒1升瓶とワインのマグナム1本を軽く開けてしまうほど(酒豪の集まりです)話は尽きません。
ご自宅のカレンダーには「5000」とか「2500」とか、毎日の腕たてふせの回数を記入され(プレッシャーになるので内緒とおっしゃっていましたが)“毎月”山登りもお仲間と楽しんでいらっしゃいました。
翌日、大空に描かれた飛行機雲に、元自衛隊の管制官だった先生は、その意味を教えていただきました。見送りの空港では外人の方に積極的に英語でおしゃべり。活き活きとしたお姿を拝見できました。帰路も一人一人の時間に合わせて駅や空港に送迎され見送っていただき、この気遣いには頭が下がります。本当にありがとうございました。そして、いつまでもカッコいい先生でいらしてください!!
小16回生有志一同
同窓会会報 No.49(2023)より